映画「イザイホウ」

唯ねーねー

2007年11月01日 09:40



昨日は早稲田大学の小野記念講堂で上映された映画「イザイホウ」を見てきた。
これは最後の一つ前、1966年のイザイホウを中心に撮った全編モノクロ撮影の記録映画。先日見た「久高オデッセイ」が「アフター・イザイホウ」の世界だったのに対し、この映画はまだ「イザイホウ」が生きていた時代の記録だ。

上映前の監督さんの話によれば、この映画は1966年に撮影されたものの、島の人たちの気持ちをおもんばかって長らく封印されていたものらしい。しかし、今このタイミングで世に出しておかないと埋もれてしまう……ということで、DVD化され、上映会もはじまった、とのこと。

いやー、貴重なもの見せていただきました、と言うしかない、スゴイ映像でした。
祭りそのものの映像もすごかったけど、その前後に描かれる島の生活風景もすごい。わたしの行ったあの久高島が、40年前にはあんなだったのかぁ……と驚くばかり。

娘たちがめいめい一斗缶やバケツを頭にのせて、島の西海岸の井戸(というより穴の底の水溜り)に水汲みに通う。洗濯物を満載したタライをのっけて地下の水場に下りていく。浜の白砂をザルに盛り、頭に載せて祭場に運んで敷き詰める。まるでそれ以外の運搬方法なんてありえないみたいに、ごく当たり前に頭で物を運ぶ風景。

島の畑は島民の共有地で、それを細かく区分して、めいめいに割り当てる。それほど広くない島で、割り当てられた畑を耕すのは女性の仕事。農耕だけで生活できるほどの土地はないので、男は海に出る。うねる波間に飲み込まれそうなちっぽけなサバニで漁をする男たち。カラー映像では青く美しい海が、モノクロになるととたんにその厳しさをむきだしにする、その風景。

海で夫を亡くした女性の「海なんて見たくない」という言葉には胸をつかれた。以前島に行ったときに実際に体験したから知ってるけれど、久高島は細長い島なので、たとえ島の中心にいても潮騒の音は聞こえる(海が荒れていれば特に……)島で暮らす限り、海から逃げられないのだ。そういう環境で一生を送らなければならない人たちにとって、「神との交歓」はどれほど大切な生きる支えであったろうか、と思う。

フィルムのなかのあの風景と同じ時期、東京~新大阪間を新幹線が走り始めていたことを考えると、ものすごいギャップを感じずにはいられない。とにかく、一見の価値はある映画だと思う。

映画を見終わった後は早稲田の街へ。今の浦安に引っ越す前は長らく暮らしていた場所だけど、ずいぶん変わったな~。
でも夏目坂下の中華料理屋「秀永」はまだちゃんとあった。ここにはどれだけお世話になったか……

何年ぶりかの「ロース飯」。カリカリに揚げたカレー味の豚ロースと炒めた青菜をご飯にのっけただけなんですが、ついぞ他でお目にかかったことはない味。そういえば香港飯や鳥飯も美味しかったよな、ここ。



懐かしさに感動しながらいただきました(笑)。
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